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「ひげ男子=威厳たっぷり」は明治時代から?

こんにちは。脱毛で人生を楽しく!

脱毛サロンRakulim(ラクリム)の茨木です。

「ひげが生えているほうが男らしくてかっこいい!」

昔はそんなふうにひげ男子がもてはやされた時代がありました。しかし、その価値観は時代とともに変化し、現代ではひげは無いほうが清潔感があって好まれるようになりました。

さて、この「ひげ=かっこいい」という価値観はいつの時代からあったものなのでしょうか。

それは「明治時代」からのようです。

明治時代のひげは地位の象徴で、はじめは官吏しかはやさなかったのです。それがしだいに教員、学者、軍人などにも広がってきたわけです。

なぜ、官吏はひげをはやしたのでしょう。それは明治維新は30代〜40代にかけての若者に支えられてきたので、新政府の役人としては軽々しく思われることも多かったようです。

ひげがないと童顔で幼くみえる。人生経験が浅いとみなされ、なめられてしまう。

そこで貫禄をつけるためにひげをはやすことになったのでしょう。

明治初期のひげは「八字ひげ」と呼ばれる型で、八の字型の太いものです。できるだけ太くするために、地位ある紳士は苦労したそうです。

次に流行ったのが「カイゼルひげ」画家のサルバドール・ダリなどが有名ですね。

これは大久保利通が岩倉使節団でヨーロッパを訪れた際、ドイツのビスマルクに魅了されて真似たのです。それ以降、日本でもこの「カイゼルひげ」が流行りました。

鼻下に伸ばしたひげの先を細くしてピンと跳ね上げた「カイゼルひげ」は手入れが大変です。専用の男性化粧品も売り出されたようです。

「カイゼル」はドイツ皇帝の称号。当時のドイツは、世界列強の中でも着々と軍備を拡大していたのでドイツ方式を採用していた日本陸軍にとっては憧れの的であったわけです。そのためカイゼルひげは軍人を中心にして日本中に広がりました。

明治も末期になると、ひげは紳士の条件の一つに数えられるほど人気になりました。だれもがひげをはやすようになり、一般労働者にまで広がっていきました。

このように当時は日本全体で「欧米列強に追いつけ追い越せ」の精神で男らしさがもてはやされた時代。ひげ男子が流行ったのもうなずけます。

現代に話しを戻して、武力や威厳を重視する男らしさから、経済力や清潔感を重視する男らしさが求められる時代にシフトしています。

私自身、今まで色んな人にお会いしてきましたが明治時代の軍人のようなひげを生やした男性は見たことがありません。学生時代は生やしていたとしても、就職活動でほとんどの男性は剃ってしまうのでしょう。たしかに就職面接でひげをはやして威厳をアピールされても、ひげ関連の企業以外は面接官的にプラスの採点はしづらいところです。

このように時代の移り変わりとともに求められるひげの在り方。

就職でも恋愛でもひげはないほうがベターな現代。ぜひ当サロンでひげ脱毛をはじめてみませんか?

最後までお読みいただきありがとうございました。

小松島脱毛サロンRakulim(ラクリム) 茨木

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